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キックボクサー立嶋篤史と松本人志の関係とは?経歴や学歴も調査【クレイジージャーニー】

スポーツ選手
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6/5(月)夜9時から放送の『クレイジージャーニー』のゲストにキックボクサーの立嶋篤史さんが登場します!

「神回!松本人志が盟友キックボクサーと25年ぶりの再会!」とのことですが、松本人志さんとの関係はいつ頃からなのでしょうか?

予告動画では松本人志さんが「ね、クレイジーでしょ?」と笑う場面がありますが

立嶋篤史さんはどうクレイジーなのかも気になりました。

そこで、こちらでは

  • キックボクサー立嶋篤史とはどんな人?
  • 立嶋篤史松本人志の関係とは?
  • キックボクサー立嶋篤史の経歴と学歴は?

これらについて見ていきたいと思います!

どうぞ最後までご覧くださいね♪

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キックボクサー立嶋篤史(たてしまあつし)とはどんな人?

立嶋篤史プロフィール

出典:GBR

生年月日:1971年12月28日(51歳)

出身:東京都豊島区

身長:173cm

体重:53kg

家族:長男・挑己(いどむ)

幼少の頃からいじめを受けていて、小学生の時には死を考えるほど追い詰められていたそうです。

中学2年生でキックボクシングに出会い運命が変わっていきます。

カリスマボクサーとしての経歴は下記で詳しく紹介していきますね。

家族は長男の立嶋挑己(たてしまいどむ)さんと2人家族です。

2004年に奥さんと離婚しておりシングルファザーとして男手一つで息子さんを育てたそうです。

元奥さんは一般人のため、どんな人だったのか、また、なぜ離婚して親権を持ったのかも不明です。

長男の立嶋挑己(たてしまいどむ)さんも幼少時からキックボクシングを始め、2015年1月12日にプロデビューを果たしています。

ですが、現在も続けているのかはわかっておらず、また父の立嶋篤史さんとは現在は離れて暮らしているようです。

立嶋篤史と松本人志の関係とは?

出典:TBSホームページ

今回の番組では25年ぶりに再会するという立嶋篤史さんと松本人志さん。

「ダウンタウンの松本人志さんとお知り合いなんですね?」と『クレイジージャーニー』の番組インタビューで聞かれると

よく松本人志さんが昔試合を見に来てくれたと言います。

立嶋篤史さんも10代の頃からダウンタウンさんが大好きだったと言い、出演番組をチェックしていたそうです。

松本人志さんのことをこう言っています。

発想力がすごい。前例のないものを見せてくれるのですごく惹きつけられます

引用:TBSホームページ

松本人志さんも立嶋篤史さんのファンで著書である「遺書」「松本」立嶋篤史さんの試合の感想が書いてあるそうです。

つまり、お互いファン同士ということですね!

松本人志さんもかなりストイックですから、立嶋篤史さんに惹かれるのもわかる気がしますね。

似た者同士のように見えます。

今回の『クレイジージャーニー』では立嶋篤史さん51歳の100戦目に密着しています。

対戦相手の名はなんと奇しくも松本人志さんと同姓同名の「まつもと ひとし」さん!

漢字では松元仁志と書きますが、奇遇ですよね。

4月にこの試合は終わっているので既に結果はわかっていますが放送をぜひ見てみてくださいね。

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キックボクサー立嶋篤史の経歴

元全日本フェザー級王者である立嶋篤史さんは、高校生で全日本チャンピオンとなりました。

日本キックボクシング界最初の1千万円プレーヤーであり、カリスマと呼ばれたすごいお方です。

K-1やPRIDEがスタートする以前にカリスマだった格闘家と言えばこの立嶋篤史さんだったのです。

魔裟斗さんが「選手としても、人間的にも尊敬してる」とコメントしています。

立嶋篤史さんがいなかったら魔裟斗さんもキックボクシング界にいなかったのでは?という人もいるくらい、レジェンドだったんですね~!

出典:sportsnavi

経歴
  • 1991年に全日本キックボクシング連盟フェザー級王座決定戦にて2ラウンドTKO勝ちで初のタイトルを獲得(第11代全日本フェザー級王者)
  • 1992年3月に前・全日本フェザー級王者でWKAスーパーバンタム級王者の清水隆広と対戦し3ラウンドKO勝ちで、事実上の全日本フェザー級トップ選手
  • 1992年5月MA日本キックライト級1位(同・前フェザー級王者)の山崎路晃との団体対抗戦に判定勝ち
  • 1992年7月、全日本フェザー級タイトルマッチにて前田憲作と対戦。判定負けで王座防衛に失敗
  • 1993年11月、全日本フェザー級タイトルマッチにて王者・前田憲作と対戦し3ラウンドKO勝ち。王座に復帰(第13代全日本フェザー級王者)
  • 1994年7月、全日本フェザー級タイトルマッチにて佐藤孝也と対戦。2ラウンドKO負けで王座防衛失敗。
  • 1995年7月、全日本フェザー級タイトルマッチにて王者・佐藤孝也と対戦。判定勝ちで王座に復帰(第15代全日本フェザー級王者)

このように、1990年代に特に活躍されたようです。

2001年10月に全日本フェザー級タイトルマッチにて王者・杉上直之と対戦し2ラウンドKO負けで王座獲得に失敗します。

そして同年の2001年に長年所属した全日本キックボクシング連盟から離脱し、以後はニュージャパンキックボクシング連盟に、その後はIKUSAに参戦しました。

2009年9月20日、6年3か月ぶり37歳での復帰戦となった新日本キックボクシング協会『TITANS NEOS 6』で小野智史さんと対戦し、2-0の判定勝ちを収めています!

なんと当時現役25歳の小野智史さんに37歳で6年ものブランクのある立嶋篤史さんが勝利を収めるという快挙でした。

そんな立嶋篤史さんはなぜ番組内でクレイジーと言われるのか?

まず、51歳にして現役というところがクレイジーなようです。

というもの、日本人ボクサーの平均引退年齢は「23歳」

その倍以上の年齢で未だに現役なのですからまさにクレイジーと言えます。

また、リングに入場時する時は黒いハチマキをしており、試合前の選手コール時には日本刀で居合い斬りのパフォーマンスをすることが恒例となっています。

立嶋篤史さんはここ10年以上トレーナーを付けず毎日ストイックに練習しており、中学生の頃から「100戦目」にこだわってきたそうです。

果たしてどんな試合だったのでしょうね?

学歴:再受験で高校に入学

立嶋篤史さんの学歴について紹介します。

中学卒業後単身でタイに行きムエタイの修業をしています。

そのため、高校入学は1年遅れたのでしょう。

立嶋篤史さんは17歳で高校を再受験し千葉工商高等学校(現・敬愛学園高等学校)に入学、試合と試験が重なり単位が足りず一度留年してから卒業しています。

中学校がどこだったのかは公表されていませんでした。

ですが、中学時代に練習生として通っていたジムが習志野ジムだったので習志野市内ではないかと言われています。

座右の銘は「ざまあみろ」?

著書に『ざまあみろ!―僕は、まだ生きている 立嶋篤史自伝』(2001年)、『死にぞこない』(2003年)があり、「ざまあみろ」Tシャツを着ている姿がホームページにあります。

出典:ASSHI-PROJECTホームページ

「ざまあみろ」が座右の銘のようですね!

ボクサーの心意気を感じます。

立嶋篤史さんが運営するキックボクシングジムジムAsshi-Project

住所:千葉県船橋市宮本8-41-10

2007年から開設され、老若男女それぞれの目的に合わせて立嶋篤史さんが直接教えてくれるそうです。

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キックボクサー立嶋篤史と松本人志の関係とは?経歴や学歴も調査【クレイジージャーニー】まとめ

  • キックボクサー立嶋篤史高校生で全日本チャンピオンになった1990年代のカリスマで、日本キックボクシング界最初の1千万円プレーヤー
  • 幼少期はいじめられっ子だったが中学時代にキックボクシングを始めた
  • 元奥さんとは離婚しており、男手一つで一人息子を育ててきた
  • 立嶋篤史松本人志はお互いファン同士で交流があった
  • 17歳で高校を再受験し千葉工商高等学校(現・敬愛学園高等学校)に入学、試合と試験が重なり単位が足りず一度留年してから卒業している
  • 中学校は公表されていないが千葉県習志野市内か?
  • 現在は現役を続けながら、キックボクシングジムジムAsshi-Projectで後進の育成をしている

以上でした!

すごい方でしたね!『クレイジージャーニー』の放送も楽しみです!

最後までお読みいただきありがとうございました♪

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